2005年 05月 16日 ( 1 )

ロスト症候群

穴が開いている日記欄を埋めるネタがあまりなかったりするのですが、久々に母の死でも取り上げて色々考えてみたいと思います。ネタに困った時はこういう難しい系の話ばかりになってしまうかもしれませんが、興味が沸かれた方はメッセか何かで話しかけてみてください。基本的に私は話好きなんで、喋りだしたら止まりませんが。

さて、数年前に"ペットロス症候群"なんて病がはやったりしていました。自らが愛していたペットが死んでしまい、それが原因で心身不安定になってしまうといった類の、端的に言えば自律神経失調症なのでしょうけども、私の場合母が亡くなってそういう症状というのは余り経験していません。ただ、母が亡くなったことで肉親が1人もいなくなってしまったので、そういう面では寂しさも感じたりするのですが、一般的なそれに比べたらはるかにマシな程度だと思います。

私がこういう寂しさを乗り切ったコツは、簡単に言ってしまえば「話をする」ことなんです。例えば生前の母と親しかった知り合いなんかと適度に雑談して思い出話なんかしたり、ああ勿論これは後ろ向きな話ではなく前向きな話をしようと意識しなきゃまずいですが、他にも私の知人なんかと適度に雑談、この場合は別に思い出話とかじゃなくて、日常生活における他愛もない話なんかでもいいんで、とにかく誰かとコミュニケーションを取るのが大事だと思って、それを実践していました。別にこれが万人に通用する方法だとは思っていませんが、少なくとも自分なりに何かこう思いの丈を発散させる手段を見つけておく、同時に手段を達成できる環境を作っておくというのは、多くの人にとって非常に大切な要素だと思います。これは別に遺族に限ったことではなくて、むしろ意識すべくは遺族ではない一般的な、普通に日常生活を営んでいる人こそ意識すべきことなのだろうと感じます。

具体的な方法として、共感する/共感しようと考えてみることが挙げられます。共感しようと考えてみると聞くと傲慢にも聞こえますが、これは私が舌足らずなだけで、共感できないにしてもその人のバックグラウンドに存在するものについてもじっくり考えてみることが大切なんだと思います。ベタな話ですが、例えばそこら辺にうろついてる不良だって何かしら自分なりの信念を持っている場合もありますし、NEETにしてもそこに至ってしまった動機が何かしらあるわけです。社会通念上許容されない殺人犯についても何かしらあるのでしょう。勿論遺族の感情は阻害されるべきではありませんが、周囲の私たちがその殺人犯の思いと遺族の思いを比較考量できなければ、そのことについて何か思ったとしても希薄なまま終わってしまうでしょう。殺人犯を罵ったとしても結局それを生み出したのは私たちが住んでいる社会なのですから、批判で終わってしまうだけでは全く意味がないのは言うまでもないからです。

まあ話が逸れましたが、いずれにせよ相手のバックグラウンドも多少は見る、時間が許される限りはじっくり相手のことを見定めてみるということは、何もロスト症候群に限らず、哲学的な意味も込めてかなり人生のスパイスになるでしょう。
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by toranoo0812 | 2005-05-16 00:00 | 日常生活